組み込み業界の吉野家

アップウィンドテクノロジー・インコーポレイテッド
中村憲一
(2004/9/12)

※本コラムは、日本の組み込み業界の現状をお伝えするものであり、特定の個人や企業について誹傍中傷するものではありません。

はじめに

 本コラムでは、日本のマスコミやマスメディアが取り上げない(取材できていないのか、取材しないのか、わざと伝えないのかは不明である)日本の組み込み業界で現在起こっている問題について、日本の組み込み技術者の皆様にお伝えしたいと思います。

組み込み業界のBSE問題

 さて、日本の組み込み技術者の方々の中には、吉野家をはじめとする牛丼屋の牛丼が食べられなくなって嘆いている方々も多いでしょう。かくいう私も独身の頃はよく食べていました。(そんなことはどうでもよいですが)
 ところが、なんとこれとよく似た問題が日本の組み込み業界でも起こっていたのです。それは、ルネサステクノロジ製のH8プロセッサの供給問題です。
 私がこのことをはじめて知ったのは、技術評論社から5月18日に発売された「Software Design 6月号」のみついわゆきお氏の連載記事でした。みついわ氏は、秋月電子のH8ボードの設計をされていることで日本の組み込み業界では有名な方ですが、記事によるとルネサステクノロジからの半導体の供給が途絶えており、H8プロセッサが絶滅の危機に立たされているとのことでした。この記事を読んだ時点では、秋月電子だけの問題かと軽く受け止めていましたのでそれほど気にはしていませんでした。
 しかし、その後、あるボードメーカの方と話す機会があり、この件を話題にしたところ、H8プロセッサの供給が不安定であることは事実であり、半導体商社からは納入まで数カ月かかると言われ非常に困っているとのことでした。プロセッサが入手できなければ、製品が作れないのではないかと思い、実際にWebで検索してみたところ、悪いことに予想は当たってしまいました。

組み込み業界の吉野家は誰?

 例えば、ベストテクノロジー社では、2004年6月4日付けでH8プロセッサの入手できないため、ボードの生産が停止しているとホームぺージ上でアナウンスしています。さらに、その一週間後には、SHプロセッサを採用したボードの生産停止にも追い込まれています。幸い、今月中にも両プロセッサを採用したボードの販売が再開されるようですが、入荷数量に限りがあるとのことですので大きなビジネスチャンスを逃しているのではないかと推測します。
 H8プロセッサやSHプロセッサは日本ではよく使われているプロセッサのひとつですので、同社の他にも損害を被っているボードメーカーや同プロセッサを扱っている半導体商社が、日本国内にはたくさん存在するであろうことは容易に想像できるでしょう。

原因は?

 さて、その原因ですが、どうやら最近のデジタル家電ブームや自動車の販売が好調なことに起因しているようです。そして、生産されたプロセッサのほとんどがそのような大口の顧客に流れており、ボードメーカーなどの小口の顧客には全く確保されていないようです。これは、あくまで噂に聞いた話ですが、ある大口の顧客が半導体の生産ラインをまるごと押えてしまっているようです。これでは、小口ロットでしか発注できない中小企業は対応のしようがありませんので、何らかの対応策を考えなければいけません。

対応策は?

 その後、7月18日に発売された「Software Design 8月号」のみついわ氏の記事では、ついにルネサスが秋月電子に対してH8を供給しないと伝えてきたと書かれています。(おかしなことに、日経エレクトロニクス2004年7月19日号217ページの広告では、秋月電子はルネサスマイコンの開発環境を担う最強のパートナーとして紹介されている。)
 みついわ氏は、「リスクヘッジ(危機回避)の面からもARMプロセッサへの乗り換えが有効です。」と述べていますが、他にも優れた国産プロセッサが国内にたくさんありますので何もARMプロセッサである必要はありません。ただ、ARMプロセッサの場合は、国内の半導体ベンダーのほとんどが生産を行っているために一社独占状態でないという利点があります。すなわち、一社の供給態勢に変化があったとしても、他の半導体ベンダーから類似品を調達することができるのです。品種により若干の回路変更が必要になるでしょうが、それでもプロセッサが入手出来ない状態よりはリスクが少ないと言えるでしょう。実際に、秋月電子では、H8ボードの代替としてARMボードを開発しすでに出荷しています。
 このように秋月電子の場合は対応が非常に早かったので損害も少なかったようですが、問題が起こってから対応策を考えるのでは対応が間に合わない場合も十分考えられます。よって、中小のボードメーカーや半導体商社の経営者や担当者は、「つねに供給が不安定になるかもしれない」という大きなリスクを念頭においてその対応策を検討しておくべきでしょう。

政府の対応は?

 現在、農林水産省が抱えているBSE問題について、もし経済産業省が対岸の火事ととらえているようであれば、事態はますます深刻になっていくに間違いないでしょう。現実に、前述のボードメーカの方からは日本国内で入手できないので海外の半導体商社から高値で仕入れていると聞いています。日本製の半導体を海外から高値で購入する。こんなばかな話があるでしょうか?円が海外に流出するだけでなく、ボードメーカーの利益が出なくなり、その結果、納める税金も少なくなります。また、メーカーにとっても安価で手軽に試作品を作ることが出来なくなり、新製品の開発が滞ってしまうこともありえるのです。
 おおげさかもしれませんが、日本政府には、このような「組み込み業界におけるBSE問題」を認知するとともに、それに対して是非ともなんらかの対応をお願いしたいと思います。

おわりに

 本コラムについてのご意見やご感想は、あらかじめ組み込み技術者MLにご参加のうえ、同MLまでご投稿いただければと思います。日本の組み込み業界のさらなる発展のためにも是非とも積極的な意見交換をお願いします。

参考情報



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